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電話
昨日というか、今朝というか。
一路と逢った余韻が残っていて、1人ニヤけながら眠る。
「ここずっと、中々寝付けなかったりするけれど、こうして一路が傍に居てくれたらきっと、すぐに眠れそうだわ」なんて。
一路にそう云った言葉は嘘じゃない。
昨日は車内だったし、帰らなくちゃいけない意識があったから頭は冴えていたけれど、きっとそんな事を考える必要がなかったなら、あのまま一緒に眠りに落ちていただろう。
「家に来てー。一緒に寝てー」と、まるでうわ言の様に繰り返した。そして戯言でしかなかったりする。

昼間には、蒔子から嬉しい贈り物があったり、天気の良さにテンションが上がったり。
そんな気持ちを容赦なく引き裂いたのは、1本の電話。

戀子自身には直接的には関係ない、些細なと云えば些細な電話でしかなかったのだけれど、それは以前の色々を思い出させるには充分な電話でした。
電話を切った直後、ガタガタと小さく震えている自分は、怒っているものだとばかり思っていたけれど、実は怒っていたのではなくて、怖がっているんだと気付く。

電話から意識を離す様に、夜ご飯を作るも全く身が入らず、包丁を落としたり、何をしているのか判らない様に、台所をウロウロしてみたり。
どうにか作り上げたものの、お腹が空いていた筈なのに欲しくなくなって、早々に部屋に引き上げた。

ケータイには友達から電話が来ていたのだけれど、全く関係ない、とても親しい間柄のその人とすら、普通に会話が出来るとは到底思えなくて、そのままにしてしまった。ごめんね。

取り込んでいた2日分の洗濯物を畳みながら、どうにか気持ちが落ち着いてくれるのを待ってみたものの、一向に落ち着く気配が見えないので、もぉどうでもいいやとばかりに眠ってみた。
こういう時には眠れるもんだ。

小さな事、けれど避けられない多くの事が今、家の中で渦巻いていて、それに引っ張られそうになる。
もう大丈夫だろうと思っていたそれらは、どうしようもないほど大丈夫ではなくて、何事もない様に普通に振る舞いつつも、実はその陰に日々、ドキドキしている。
そんな中の電話は、強烈過ぎました。ホントに。

数時間眠って、ネットを徘徊してみたりして、そうこうしたら漸く穏やかになって来たけれど、それでもこうして文字にして表すと、鼓動が少し早まるのを感じる。
怖いんだな、本当に。

早く落ち着きたいと思うのだけれど、これは一生、我が家が背負う業なのかも知れないと、そんな事をつくづく感じるここ最近。
自業自得なのでしょうか。
そうなのかも知れません。

暫く電話は要りません。
いっそ、全ての回線を切ってしまいたい。
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2005.05.31 (Tue) 23:59
雨降り、密室で
今日は夕方から一路とおデート。
朝から用事があったので、一路からの連絡を待ちつつ、用意をしてみたり。
雨の所為か、今日はどうにも出る気になれなかったものの、いざ連絡が来るとスイッチが切り替わるんだから、このゲンキンさったらないですよ。
まぁそんなモンですよ。

少し前に誕生日だった友達のプレゼントを探しに、近くのショッピングモールを散策。
彼女の事を思い浮かべながら、一路とあーでもない、こーでもないと話をしながら物色しまくり。中々ピンと来るものが無かったのですが、ある雑貨屋サンで見つけたモノに一目惚れ。コレでオッケイ☆
しかし、いつ渡せるだろうかなぁ。近々逢えたら良いのだけれど。

途中、休憩を挟んだりして、かなりゆっくり、そして無理の無い様に歩いたつもりだったのに、少し歩いただけで痛いったらない。
家の中では普通に歩いても割りと平気だったけれど、やっぱり家と外とでは全然違うね。そりゃそうか。
今月半ばに面接に行った会社から一向に連絡が無いので、それに足も幾らかマシになって来たのでそろそろ探そうかなと、今朝、とある会社に連絡を入れたのですが、条件がお互いに合わなくて面接までに到りませんでした。
でも、合わなくて良かったかも知れない。
俺、未だ動けないみたいよー(世間にアピール)。

食事をしてモールを出た頃には、もぉすっかりいい時間。
逢う時間が遅かったので、未だ話し足りないという事で、けれども今宵はワタクシ、女の子ウィーク満開ですので、アレやらコレやらする感じでもない。
なので、とある場所に車を停めて、車の中で色々お喋りを。

雨が強くて、そんな中だからこそより一層、車の中は密室状態。
エンジンを切って、音の無い中で雨の音をひっそりと聴くのは、一路も戀子も好きなのです。
ツラツラと話をしていたのだけれど、今朝は早くから動いていたので、一路は少々お疲れモード。
「一寸、眠たいなぁ」と、車に積んでいるひざ掛けを体にかけて、シートを倒して目を瞑る。「このまま、ここで一晩明かそうか」
「良いねぇ、そうしようか」
一路の言葉に笑ってそう答えるも、我々2人は実家暮らし。
一応のけじめとしてお泊りは無しと云ってはばからない一路ですので、そんな事は先ずありえない。
少し寝かせてあげましょう。

雨の音と、時折聴こえて来る強い風の音と、その中に交じり合う一路の寝息と。
一路に手を伸ばしたら、珍しくギュッと手を握ってくれた。何度も、何度も。
何つーか、幸せだなぁなんて思いながら、遠くに見える信号が幾度も変わるのを見ておりました。

「そろそろ帰らないと。明日からまた1週間、お仕事でしょう」

そう云って、一路を起こす深夜2時。
「もうそんな時間かぁ・・」と、1度はエンジンをかけるも、また切って。
「こっちへおいで」
手を伸ばす一路に導かれて移った、運転席に横たわる一路の上。
「重いでしょう?」という戀子に「重いねぇ」と笑いつつも、「やっぱり人肌は温かくていいなぁ」と、ギュッと引き寄せられる。
ああ、今日は彼の方が、相当甘えたモードだったんだなぁ。
狭いシートの上で、引っ付いたままでお喋りしたり、チューしたり。
大好きな一路の髪を弄りながら、色んな約束を小さく交わす。

「一緒に暮らし始めたら、毎日Hしようね」
「毎日はきついから、1日おきにしてください」
「家の中だけではなくて、たまには外でHしようね」
「何だかHばっかりだね」
「早く一緒に住みたいね」
「そうだね」

小指を絡めて指切りをして。
一緒に暮らし始めたら、2人きりにはなれない家庭の事情。
でも、少なくとも今この車の中は、これでもかという位、2人きり。
右手に感じた一路の手の温もりと、指先に感じた一路の手の強さに、泣きそうになったのは秘密。
外は未だ雨が強く降っておりました。

「もう朝だよ。ホントに夜を明かしちゃったわねぇ」

白々と明けゆく空を見ながら、帰っていく一路を見送りました。

ホントに早く、一緒に暮らしたいよね。
それが一緒に住んだ事が無い甘い戯言だと云われても。
2005.05.31 (Tue) 05:32
揃いも揃って
今日はダメダメな1日だったなぁ。

何ていうか、もぉアレですよ。家族揃って、お祓いに行った方が良いかも知れぬ。
この1ヶ月はホントにろくな事がありゃしない。
揃いも揃ってどうしたのってな話です。ホントにまぁ、次から次へと・・色々あり過ぎて、家の中までギスギスしちゃって、どうにもこうにもシャランラーなのです。
自分で云っていて、もぉ訳が判らぬ。

だがしかし。
ワタクシの今月の運勢は、『心が乱される様な事が色々起こるかも知れないけれど、気にしない様に』ってなモノでした。
気にすると引っ張られて、途端に運気が急降下との事。
当たり前っちゃぁ当たり前な事を云われた様な気がしないでもないけれど、先ずは乱されない様に。
今月はアタタタだったよ、先月に引き続き。引き篭もるしか出来なかった事を思えば、先月よりも今月の方がアタタタだわさ。

こう弱っていると、占いにどうしても目が行ってしまうワタクシです。
少し前に、立ち寄ったコンビニで『an an』を見たら、半期に1度の占い特集。
昔は毎回、出る度に買っていたあの占い特集。『an anの占いがよく当たる!』という振れ込みのアレですよ。確かによく当たっていた様な気がします。気の所為でも何でも良いのだけれど。

で、で。
久し振りに見てみたら、今年の後半も前半同様に吉凶混合だそうで、『星が悪戯するけれど、それに惑わされない様に。HP作りなど、趣味に没頭すると、思わぬところで芽が出ます』とかなんとか。
斜め読みだったので、若干違うかも知れないけれど、そんな事が書いてありました。
そんな訳で後半も、ガツガツ日記を書こうと思います。
戀子の趣味は『記録する事』。
自分大好きなので、日記で自分を振り返りまくりますよ。
ところで、芽が出るって何のだ。今もこうして、ひっそりと続けているサイトなのですが。

夜ご飯を作っていたら、包丁で爪を切っちまいました。
ああ、指じゃなくて良かったと。
そう思っておきます。
2005.05.30 (Mon) 00:05
ヘナチョコカウンセラーの行く末は
何気ないやり取りの中で、自分が放った言葉が果たして正しかったのか、ふと考え込みました。
気付かされたといった方が、正しいのかも知れません。

判った様な口をきいて、本当にその人の内側を感じようとしていたのか。
そんな事は私に云われずとも、本人が1番判り切っている筈なのに、敢えてその人に云った理由は、一体どこにあったんだろう。

・・色々と考えたら、すっかりハマってしまいました。

思えば小学生の頃から始まった、戀子のヘナチョコカウンセラー人生。
クラスや部活、職場の友達から、知り合いから、男子から女子から、とにかく色んな方の話を散々聞きまくりのこれまででした。ホント、似非カウンセラーが如く。
自分でも不思議なのだけれど、ありとあらゆる人達が戀子の傍にやって来ては、ひとしきり話をして、やがてそれぞれの場所へと帰っていきました。

仕事ではない、自分が生きていく上での役割というものがあるとするならば、『悩み、困っている人の話を聞く』事なのではないかと、いつの頃からか思い始めておりました。
ヘナチョコカウンセラーの基本は『アドバイス』ではなくて、あくまでも『聞く事』。
文字通り、話を聞く事しか出来ないのだけれど、それで話した人の肩の力が抜けるのであれば、それで良いのではないかと。
戀子が聞いて感じた不安は、恐らくは当人も感じているのだろうし、それでもGoサインを出したのならば、それはそれ。とことん最後まで付き合おうと。泣くも笑うも付き合おうと。
その人の内側を感じつつ話をするも、最終的に決めて動くのは当人だし、実際には話をする時には既に、その人なりの決断を携えている場合が殆どなので、それ以上の事はする必要はないと。

それが戀子のスタンスなのです。

今日の言葉は正しかったのか。
あの日の言葉は意味が無かったのではないか。
云うべき事を云っていないのではないか。
云わなくても良い事を云っているのではないか。

はてさて、ヘナチョコカウンセラーの行く末はいずこ。
けれど今日の事は、振り返るきっかけになりました。
もう1度、じっくり考えてみようと思います。

幸せのカタチは色々あって、隣りの芝はどこまでも眩しい。
今在る自分の場所の輝きを、自分が知る事は難しい。
結婚出来た幸せ。結婚出来ない不幸せ。
けれど、誰にも拘束されない幸せ。いつでも誰かと一緒に居なければならない不幸せ。
愛する人と2人で居られる事の幸せ。子供が居ない不幸せ。
けれど、愛する人と2人きり・濃密に過ごす事が出来る幸せ。2人きりの生活にはもう戻れない不幸せ。

見る人が変われば、何もかもが変わる。
幸せなんて、そんなモノ。
だからあなたも幸せなのです。
2005.05.29 (Sun) 02:05
好き嫌いの克服の鍵は
今日も今日とて、レシピの収集が止まらないワタクシです。
いい加減、目も疲れているので止めたいのだけれど、これが中々。
病的なのですよ、何事もハマると。病いなのです。

それでも漸く、落ち着き傾向。
後は、お気に入りに追加しまくったレシピをザッとメモるだけになりました。総数・100以上。や、200はあるのか、これは。暇に任せて集めまくった結果がこうだ。
おかずあり、お菓子あり、その他モロモロだったりするので、それだけの数になるのは当然っちゃ当然。今日までにメモったのと合わせて、1年分の夜ご飯はローテーション出来ますよ、確実に。
これを後で清書しなおすのだけれど、そっちの方がやや鬱。大量過ぎる。

でもでも、楽しい。ものっそい。
料理は好きなのですが、世の料理好きの奥様方の知恵の数々に激しく脱帽。
料理教室に通うのって、どうなのよ?料理なんざ、自分の家の台所で覚えるもんだと云って憚らなかった戀子ですが、料理教室に通う奥様の気持ちが、少し判った様な気がします。凝った食材と凝った作り方云々よりは、その辺の食材で出来るアレンジとアイディアを求めているのでしょうかね、きっと。

そして今、猛烈に欲しいのはフードプロセッサー。
すり鉢だけで対応し切れないもの、大分あるよなぁ。
幅を広げたいのです。

こうして集めたものを見てみると、自分の食の好みが如実に出ますな。
扱い易いってのもあるけれど、それ以前に鶏肉、どんだけ好きなんだ、俺は。
一方で、一路が食べられそうなモノはどれだけあるかしらと。無い事はない。だって、その辺も注意して集めたもの。

本当に。
いや、本当に困ってしまう程に、食べられるものが限定されてしまうから参ります。
付き合い始めの頃によく口にしていた「食べた事がない」という言葉は、かなり減りました。
調理法で『食べた事がない』のではなくて、食材そのものを食べた事がないというのが、とにかく多かった。それは極一般的な食材であっても。例えばブロッコリーだとか、そういうもの。
食わず嫌いが相当多かったので、先ずは食ってみろよと色々食べさせたのですが、劇的に好きになったものはありませんでした。
むー、むー。

本当に美味しい物を食べれば克服出来るらしいので(20余年間、魚を食べられなかった友達談。旅行先の美味な魚を食べて、あっさり克服)、食材と調理法とで改善出来ればなぁと。
だってほら、食事の楽しみを知らないのって、それだけで人生の楽しみを奪われている様な気がしてしまうのです。食べるのが大好きなワタクシとしては。うん、寧ろ可哀想だなぁと。

とはいっても。
共に実家暮らしの我々です。今のワタクシが彼に出来る事は本当に限られているので、出先でアレコレ勧める事しか出来ないのですが、えぇ、いずれね。いずれ何か出来ればと。

そういえば、キッチン付きラブホは、我々のテリトリー内にもある模様。
しかしミニキッチンってのは、どの程度のものだろう。
やっぱり貸し別荘で合宿しかないね!お泊りという言葉から感じる甘さは皆無。我々には『合宿』がお似合いなのです。
2005.05.27 (Fri) 23:51
鈴に重なる青い炎
コロコロと鳴る軽やかな鈴音に心を寄り添わせ、その冷たい銀色の体に、随分と遠く離れてしまったあなたを重ね、いつまでも手の平で転がしていた。

銀色が持つ冷たさには不似合いな、丸みを帯びたハートをかたどった優しいフォルムさえも、あの頃のわたしにはあなたと重なって仕方がなかった。
すぐに触れられる、手が届く所には見せる事はない、触れてみない事には判らないあなたの優しさが、冷たい銀色の優しい鈴の中に、感じずには居られなかった。

わたしの手の内にあるこの鈴とお揃いの、そう、お揃いのあの鈴の音が、力が入り過ぎて今にも壊れてしまいそうな、あなたの心を癒してくれます様に。
どうぞ、癒してくれます様に。
そして僅かでもいいから、わたしの事を思い出してくれます様に。
どんな事でもいいから。何だっていいから。

・・耳に届くだろうか、この声は。

あれから1年以上が経った今。
日々の雑然とした色々や、そこはかと漂い在る幸せに流されてしまって、大事なものを見失いそうになる。
そんな時、あの頃に感じた思いを忘れてしまわない様に、あの頃と同じ様にこの鈴を、手の平で転がすのです。
変わらぬコロコロという涼やかな音は、当時の想いとひっそりと重なり合う様にしてそこにある。

決して忘れてはならない。
今ある幸せは当然のものではなくて、あの頃のわたしが何を云われ様とも貫き通した祈りと、先へ進む為にと奮い出し続けた力が繋いでくれた道。
誰でもいいのではなくて、他の誰かでは駄目なんだと判ったあの日から、心の深い場所では赤色から青色へと変わった炎が、静かに灯っているのです。

あの頃のわたしがあるから、例え強風で炎が揺れ動く事があろうとも、消える事はないのです。
この炎を消す事が出来る人がいるとすれば、それは間違いなくあなたでしかないのだけれど。

あなたに溺れる事無く、いつまでもあなたと溺れていたいのです。
いつだって向こうに見える、青い炎の煌きを感じながら。
静かな中に激しく燃える、そんな青い炎。
あなたにやわらかな笑顔を向けながら、情念はどこまでも深く。
そんな女でいたいのです。
2005.05.26 (Thu) 23:59
またのお越しを。
お昼前にナルミからメルが。
「今日は何してるの?暇ならお邪魔しようかと思って」
そりゃもぉ是非来ておくれよと、二つ返事でオッケイ致しました。

こういう突然のお誘いは嬉しいですなー。
そりゃ困るよって事も時にはあるけれど、ワタクシ自身は大概はオッケイなので、いつでもいらしてってな話ですよ。
ましてや今は、すっかり引き篭もラー。この間の一路との逢瀬は、車と車椅子での移動が基本でしたので、殆ど歩かなくて済んだから出られた。
車椅子は大袈裟になってしまうので要らないけれど、それでもやっぱり、油断して普通に歩こうとすると、後で靭帯辺りにジンジンと来ちまうのです。
人と会話する事に飢えて久しいので、ホントに嬉しいったらない。
部屋は掃除をしていないので埃にまみれておりますが、この際、どうだっていいという事で。
ナルミとはかれこれ10余年の付き合いですし、戀子のあんな姿やこんな姿を、恐らくは1番知っている人物なのです。今更、飾る必要などどこにもないのです。
いらっしゃいよと云ったものの、家には何もないという有様でしたので、色々買って来て貰いました。
すんませーん、気を遣わせました。

思えば一路と家族以外で、こうして顔を合わせて話すのはどれ位振りかしら???
戀子の友達が皆、少し離れた場所に住んでいる事に加えて、仕事をしている時には休みが本当に合わなかったものだから、段々と『年に1回逢えたら良いなぁ』という、まるで七夕かの様な。そんな友達ばかりになっています。
しょっちゅう逢っているから仲良しかといえば、決してそういう事はないと身をもって感じるところですので、逢えない事で『友達』という関係を不安に思ったり悩んだりする事は皆無ですが、中々逢えなくて淋しいなぁとは、ものっそい思う。

やっぱり、こうして顔を合わせて生身の人と話をするのは良い事だ。
何よりパワーをもらえるしね。愚痴でも何でも、ガツッとテンション高く話をする事で、プラスの方向へ昇華出来る気がするのです。

あああ、それにしても、早く動きたいって思ったよ。外の空気を吸いたいのですよ。それで疲れる事になろうとも、心地良い疲弊なら万歳ですよ。願ってもない。や、今は勿論、全力疾走に向けてのウォーミングアップの時期である事は承知なのですがよ。それでもよ。

そして何の勘の云いつつも、ダーリンからの愛を俺は感じたよ、ネエサン。
愛されているなぁ。ダーリンったら可愛げあるなぁ。

DVDを観つつ、ガッツリと話し込みつつ、気付けば深夜2時の丑三つ時。泊まって行っても良かったのにね。

またのお越しを、お待ち申し上げておりますー♪
他の方もどうぞ、何分遠方ではございますが、いらっしゃいましー。
2005.05.26 (Thu) 03:20
眠れない
昨日の夜。
日付が変わった頃に一路との逢瀬から帰って来て、パジャマに着替えて、日記を書いて。
そんなこんなをしていたら、あっという間に深夜2時を大きく回っておりました。
昨日は車椅子&車の移動だったので、一路任せで戀子は殆ど歩いていないとはいえ、そうはいっても出たなりに疲れていたとは思うのですが、これがまた全然眠くない。
プー子ですので、何時に何をしようがかまやしないのですが、やっぱり昼夜逆転にはしたくない。朝起きて夜眠るという生活パターンが、ワタクシの体には楽なのですよ。体調維持の為にも、そのリズムを崩したくは無い。
なので無理矢理横になって、暫くは布団の中でウダウダと過ごしてみたものの。
時間が経つにつれ、どんどん冴えていく頭に諦めて起き出し、ぼんやりと過ごしておりました。
昨日撮ったデジカメの写真を修整したり、一路との色々を思い出して深夜に1人、ニヤついてみたり。

ゆっくりと窓の向こうが白み始め、太陽が顔を照らす頃になって漸く眠くなり、布団に潜り込みました。
おやすみ3秒。のび太並み。

8時頃に眠りについて、目が覚めたら10時半。
ここ数年の戀子の睡眠時間からしたら、相当足りない筈なのに、熟睡しきっているのか、全く眠気はなく。
起きている間は、相変わらず熱心にレシピを収集しておりますので(暇なのですよ、安静にしまくらないとイカンので)、おかげで昼寝をする事もなく、気付けば夜。何をするともなく、あっという間に1日が終わって行きました。

実はここ数日、こんな事が続いております。
寝てばかりの日々が続いたと思ったら、今度は眠れなくなる日々ですよ。
幸い、完全に眠れない訳ではないので、不自由は何もございませんが、そうは云ってもねー。

色々と周りがゴタついているので、そんな事が気になっているからなのか、何なのか。気紛れでガツンと眠れる日が来るかも知れないが。
・・さてさて、今宵は眠れるのか。

今日、「レシピの収集をしている」という話を一路にすると、「それをいつ、俺に食べさせてくれるのよ?」という言葉。
2人して実家暮らしなので、そういう機会は中々ぬぁい。や、ほぼ皆無。
貸し別荘に泊まるか、結婚するか、なーんて話をしている中で出て来たのが、「ラブホでもキッチン付きの所があるらしい」との未確認情報。
えーっ、マヂで???この辺でもあるのかなー???気になるなぁ・・

・・揺れる乙女心(三十路越え)。
どなたかご存知でしたら、教えて下さいましよーっ。
2005.05.24 (Tue) 23:55
ガッツリ動物見ちゃいまショー
今日は一路とおデートであります。
先週は捻挫でアイタタな事になってしまって、とても外へ出ている場合じゃないってんでお休みしたのですが、今週はある部分では更に酷くなっており、一路にも「こんな状態だから、歩くおデートは出来ないよ」と伝えたところ。
「車椅子に乗ればいいじゃない。久々にズーラシアへ行こうよ」との言葉。

彼の父は障害があって、外へ出る時には車椅子が必要となるのです。
その車椅子は、一路の車のトランクに常備してあるのですよ。スタンバっているのですよ。勿論、お父さんの為に。
「や、でもいいよ。重いし、悪いし」と散々断ったものの、ここ最近のおデートといったら、ラブホでダラダラしてばかりだったので、久し振りに外へも出たい。それは恐らく、一路も同じ。
それじゃ、天気が良かったら車椅子に乗せて貰いつつズーラシアへ、雨が降ったら屋内で歩かないおデートで、という事になりました。

明けて今日。関東は朝からいいお天気でありました。
陽射しは強く、25度を越える所もあった程。暖かいを通り越して、暑いったらない。もぉ本格的な夏も間近だわねぇ。
途中でお昼を食べつつ、ズーラシアへと向かいました。

ズーラシアといえば、一路とお付き合いをし始めた当初に行った場所。
今でも一路と話すのですが、ズーラシアの園内で、セーラー服のオネエチャンとカメラを持ったオジサンという、珍妙な2人組(カップルにあらず)を見たというのが、当時の何よりの想い出デス。
動物を取る為のカメラではなく、そして制服を脱いで何年が経ったろうと思われるオネエチャンは、何とも痛々しかった。うぐぅ・・

只今、日本は全国的に、やわらレッサーパンダフィーバー(!)ですが。
出る前にチョロッと見たニュースによると、ズーラシアのレッサーパンダは立って、尚且つ歩くんだそう。
「見られたらイイなぁ~・・♪」と、淡い期待を抱きながら、一路が用意してくれた車椅子に乗って、ズーラシア散策を致しました。

レッサーパンダの影響で、この週末は相当数の来園者があったそうなのですが、今日も今日とて人でいっぱい。
平日だよー。平日なのによー。
見る限りでは、学生風カップルが多く、他に赤ちゃん連れの若いパパママも多く。
そうは云っても、やはり平日。そして、とにかく広いズーラシア。
人が多過ぎて見えないなんて事が無いのは嬉しい限り。
その代わり、1種類の動物の居る場所(一般的な動物園と比べたら、檻という言葉は不似合い)が広過ぎて、動物がどこかに隠れてしまって全く見えないという事もあったりもして。

それでもめげずに、デジカメとケータイを握り締め、取っ替え引っ替えしながら写真を撮る、撮る。
「あっ、居た!」「うわっ、撮れなかった!!」などと、やいやい云いながら進んで行くのが、とにかく楽しかったです。
時間いっぱいまで居て、思いっきり満喫致しました。んもぉ、超~っ御満悦~♪♪♪

車椅子を一路に押して貰って、背中に一路を感じながら、何となく不思議な気持ちになってしまったのは内緒。
こんな風な形で、一路にお世話になる日が来なければ良いなぁと。
そう思ったワタクシはイカンでしょうか。

日付は変わってしまったけれど、23日の今日は『5(こい)2(ぶ)3(み)』(恋文)の語呂合わせでラブレターの日であると同時に、1946年に日本で初めてキスシーンの入った映画が封切られた事から『キスの日』でもあるんだそうで。
いっぱいチューしまくりの今日は、キスの日も満喫致しました。
心身共に、潤いまくりの1日でありました。

そうそう。肝心のレッサーパンダ。や、別にこの子目的で行った訳じゃなかったんだけれども。
前に行った時には何頭か居た気がしたのだけれど、今回は1頭だけで、その1頭が然程広くは無いゾーンを1人、猛烈な勢いで走りまくるったらなかった。
立つどころか、大人しくジッとなんて事もしやしなかったよ。
もぉ、何というか。激しく翻弄されまくりでした。
2005.05.24 (Tue) 02:33
組み合わせの妙
今日もとにかく安静に。
安静にしているのは良いけれど、ずっと座っているか、横になっているかですので、腰が痛いったらない。
や、正確に云うと、腰というよりも尾てい骨。お尻が痛いのねー。
立ったり、座ったり、歩いたり、色んな動きをしない事にはダメな様に出来ているのね、体ってぇのは。

ここ最近、安静という言葉に従って、PCの前にいる事が多いワタクシです。
料理のレシピを拾い始めて数日経っておりますが、今日はその中からピックアップして、お昼ご飯を作りました。
何となく怖いもの見たさで作ったのは、いかの塩辛と生クリームのパスタ。
いかの塩辛も好き。生クリームも好き。でも両方合わさったのはどうなんだろうかと。
ドキドキ、ワクワク。そしてちょっぴりハラハラ。
作り方は到って簡単で、オリーブオイルを熱した中にスライスしたにんにくを香りが出るまで炒めて、そこに塩辛を投入。軽く炒めてから白ワインを入れて、アルコール分が飛んだらパスタと生クリームを加え、生クリームがグツグツするまで炒めるというもの。味付けは粗引きの胡椒と、軽くコンソメで。
これがねぇ、絶品ですよ。濃厚好きにはたまらんですよ。
お昼ご飯が優雅なランチとなりました。超オススメ!塩辛嫌いな方でも、きっと大丈夫な筈。ずぇんずぇん塩辛くさくないよーっ。

料理も発想で、あれこれ組み合わせての妙なのだけれど、何にしてもそうだけれど、最初に考えた人ってぇのはすごいなぁ。
美味しいレシピをありがとうございましたー。ココを見る事はないでしょうけれど、ここから感謝。

夫婦だったり、カップルだったり、友達にも、『組み合わせの妙』を見て取れる事が多々ありますな。
端から見たら、どうしてこの2人が???なーんて人同士であったとしても、色んな事を巧く補い合っていたりして。
一路と戀子も、恐らくは端から見れば何故?と思われるに違いない組み合わせ。外見だけでは図れないって奴ですよ。
どんな関係の仲でも、結ばれるだけの理由ってモノがあるんでしょうな。
アナタとワタシが繋がっているのも、また1つ。
よろしくやっていきましょうよぅ。ねぇ。

明日は一路とおデートです。
秘密兵器を使って、ガシガシおデートして参りますよ。
2005.05.22 (Sun) 23:33
グリングリン
♪ある日ぃパパとぉ2人でぇ~ 語りぃ合ったさぁぁぁ~♪

ってな訳で。
足の痛みも大分引いて来たので、今日はバスを乗り継いで接骨院へ。
いつもは弟(上)(下)のどちらかが車で連れて行ってくれるのですが、今日はどちらも仕事で行けないという事でしたのでね。
この程度の痛みなら、バスでも大丈夫かしら・・と。

だがしかし、思っていたよりもお外は怖いトコでした。

バスは混んでいて座れなかった上に、とにかく運転が超――――っ荒い。荒い事この上ないですよ。
右足は踏ん張れないので、ブレーキがかかる度に左足を踏ん張りつつ、左側にあったポールを左手で必死に握りつつ、手に汗握りつつ。
道は空いていたので、駅まで然程、時間はかからなかったものの、降りた時には疲労困憊。こりゃ、明日は左側だけ筋肉痛やも知れません。

病院へ着いて、いざ診て頂くと。
戀子が思っていた以上に状態は余りよろしくない様でありました。
足を捻った時に、足首の内側にある『三角靭帯』という場所をやっちまった様なのです。
ただの捻挫であれば、もぉ1週間も経っている事ですし、痛みは引くだろうというのです。確かに、足を捻った時に痛くなる、外側の方の痛みは消えました。だから、段差などがない場所であれば、普通の状態とはいかないまでも、そんなに苦もなく歩ける様になりました。
そっちの痛みが落ち着いてきたから、より痛みを感じる様になったのかはよく判らないけれど、今は内側のグリグリの辺り(ココら辺が三角靭帯というそうな)に違和感ありまくり。
ここってのは、余程強烈にやらないと痛くはならない様で。
「足首がかなり鋭角に入ったでしょ?」と云われました。確かにそう。真横に入ったもの、それもまともに。

靭帯をやったからには長引くとの事で、『無理に歩かないで、安静に』と申し渡されました。やはりキーワードは『安静』。
固定した方が治りは早いからと、足首を包帯やらテーピングやらを使って、グリングリンに巻かれつつ、ガッツリ固定されました。
いやいや、スニーカーを履いて来て良かった。普段履いている様な靴だったら、巻かれ過ぎて確実に履けないったらない。

それにしても、一部分を固定しているだけなのに、こんなにも歩き辛いものなのかしら。
参ったなぁ~・・と思っていると、思っていたよりも早く仕事が終わった弟(上)が、拾ってくれる事になりました。
助かった。パトラッシュ、おで、もぉ疲れたよ・・(遠い目)

接骨院でマッサージをして貰っている時。
やってくれていたスタッフの男子が戀子の爪を見て、「爪の先に付いているのってリボンですか?」。
今日はマニキュアにプラス、爽健美茶のおまけでついていたネイルシールを貼っていたのですよ。
「自分の彼女、仕事柄ってのもあるンすけど、マニキュアとか一切やらないんですよねぇ」としみじみ。
話を聞けば、単純に嫌いだからやらないという訳ではないらしく。どうも面倒臭いっぽいとの事。

まぁねぇ。仕事で日常的に出来ないとなると、たかだか1日か2日の休みの時にマニキュアを塗るのも面倒だし、勿体無い気がするのかも知れないし。
戀子自身は好きなので、休みが1日でも塗っていたけれど、意外にそういうトコを見ている男子も居るんだなぁ・・と改めて実感。
そういえば、すっかり忘れていたけれど、一寸だけお付き合いしていた人も「俺の為に、足の爪までマニキュアしてくれてさぁ」と云っていた事がありました。「いや、違うから」とは云えず、ニコニコと笑顔で切り抜けてみたものの。
そうかー、そうなんだなぁ。一路はそこまで見ているかどうかは謎ですが。
やはり爪の先まで気ィ抜けませんな。

なんつって、気ィ抜きっ放しで足首捻ったけどね!
足首、グリングリンDEATH。
2005.05.21 (Sat) 23:59
没頭、没頭、また没頭
『少年カフカ』とレシピの収集が止まりません・・

こうやって時々、何かに憑かれたかの様に、1つの事(今回は2つの事)にハマってしまう時が、周期的にやって来ます。
少年カフカは読了しない事には止まらず(そりゃそうだ)、レシピの収集はいつになったら止まるのか判りません。
ネットでガッと拾って来るのですが、これ、いつ纏めるんだろう・・という程の量。
我が家にはプリンターがないので、ひたすら画面を眺めつつの速記(意味が違う)なのですが、メモばかりが相当溜まった。後で清書しない事には、書いた本人でさえ判らない事、うけあい。授業中、居眠りしながら書いた文字に匹敵せんばかりの勢いであります。

多分、猛烈に作りたいんだろうなぁ、料理。
最近、そういえばすっかり料理は御無沙汰チャンなのです。上げ膳、据え膳なこの日常。うふん。
レシピを収集しながら、「コレは一路は食べられないなぁ・・」とか、そんな事が気になったりしているのだけれど、一路が次に戀子の手料理を食べるのはいつの日か。中々、そういう事も出来ないのが淋しいわねぇ。
ってか、俺の味に慣れさせるぜ作戦が使えないってな話。

目に優しくない日々を送っております。
右目が特におかしい。労わらないと。口ばっかりだけど。

それにしても、この没頭っぷりはどうしたものか。
好きでやっていながら、正直、疲れます。
・・何だろうね。
2005.05.20 (Fri) 23:03
当たり前の事だけど
村上春樹サンの『海辺のカフカ』を読了後、『少年カフカ』を読んでおります。
これは、期間限定でオープンしていたこの本の為の公式サイトの中で、多くの読者から送られて来たメルのやり取りを1冊に纏めたモノです。

本の感想だったり、そこから派生する疑問だったりと、メルの中身は本当に十人十色で、『そうそう!』と膝を打ったり、『へぇぇ~・・』と感心したり、『それはどうなのよ?』と突っ込んでみたり。
当然の事ではありますが、同じモノを読んでこんなにも感じ方が違うものかと思うのですよ。
や、みんながみんな、右へ倣えで同じ様に感じまくっていては、それはそれで気持ちが悪いってなモンだけど。

本1冊でこうなのだから、世間の動きだったり、はたまた日常の些細な事だったりと、もっと身近に体や心で感じる事なんてのは、そりゃ解釈が違っても当たり前よね。なんて。

それにしても、何でも解釈したがる人ってのはいるもんだ。
この『海辺のカフカ』の物語について、こんなテーマがあって、こんな内容で書かれたに『違いない』と断言している読者ってのは、何というか、頭が良すぎるとでも云うのか。

戀子は学生時代、国語が好きだったけれど、疑問に思っていたのは、『この時のこの人物の心情はどういったものだったか』といった様な問題。
そんなの、在って無い様なものだと思うのよねぃ。
普段の自分では選ばない様な話を読めるという点で国語は好きだっただけれども、1つの模範解答的考えを押し付けるような、そういうのはやっぱりどうなんだろうかなぁって。

作者から離れた所で、あーだのこーだのと解釈は繰り広げられているけれど、ワタクシはそれよりも、自分の心の内側で感じる事をひっそりと楽しみたいのです。
「あー、もぉ、しち面倒臭ぇ事なんか抜きにしてさぁぁぁぁっ!!」と、いう感じ。ちゃぶ台引っ繰り返す様な勢いで。グダグダうるせぇなぁと。

まぁでもそれは、感じ方の違いでしかないからね。
本に限らず何事も、全てを同じ様に感じ合える事なんてないのだから、凝り固まらないで、柔軟にいきましょうよ。
受け入れられなくとも、自分とは違う意見を『感じる』努力は出来る筈。言葉1つ発するのだって、そんなにた易く発する事は出来ませんでしょ。
自分の言葉には責任を持たないと。それを受ける相手は、自分が思っている以上に響くと思う位で調度いい。
無責任に放出してはいかんでしょ。そういう言葉は痛いもの。
なんて云いながら戀子も、気付かぬ内に誰かに向けて、刃を向けているに違いない。
気を付けねばよ。言葉で散々、傷付けもしたし、傷付けられもしたんだからさ。

人様の意見ってのは面白いので、目を労わらないと・・と思いつつも、ついつい読み進めているのですが。
掲載されている1220通ものメルの内、漸く720通目まで読み終わりました。調度、少年ジャンプとかマガジンみたいなあのサイズと厚さに、ドドーッと文字が溢れているのだから、それはそれで結構厳しい。目には優しくないね。
おかげで目がヒリヒリしている様な、そんな感じ。

今は猛烈に図書館へ行きたいのです。
あの独特な、しんとした空気に触れたい。
2005.05.19 (Thu) 23:44
正夢?
この間ひねった足首、大分楽ですよ。
未だ段差の昇り降りや、足首に力を入れたりってのは厳しいので、外歩きもヨガも出来ません。家の中でヨタヨタ歩く三十路のオンナ。まいっちんぐ。
でもでも、それでも楽にはなった。湯船に入るのも楽になった。後もぉチョイ。来週中にはどうにかなってくれるかしら。

時々夢を見ます。昨夜も夢を見ました。
どうやらワタクシ、一路宅に居る様でした。そしたら外出していたらしい一路が「弁当、買って来たよー」と、幾つかのほか弁(家族分?)を手に帰って来たと。

や、ただそれだけなんですがね。

これって正夢なのかな???
戀子も時々、正夢を見るのですがね。
何というか、正夢ってのが大概一瞬で、あっという間に過ぎてゆく様な、そんな日常の中の風景ややり取りが殆どなのです。大事な何かを教えてくれる(啓示的な意味ではなくて、直接的に出来事などを教えてくれる)っていう類いの夢は皆無で。
本当に些細な事ばかりで、ついこの間も、母とリビングでTVを見ながら話をしているという、随分前に見た夢が正夢になったばかりなのですが(そう、その程度の正夢だ)、正夢で強烈に覚えているのは、中1の頃に見た夢。

戀子が行っていた中学は、転校前の学校も後の学校も、学校に居る間はジャージで過ごすというスタイルだったのですが。
中1当時に見たその夢というのは、いつもとは違うジャージを着て、知らない人達と授業を受けておりました。で、戀子の前の席に座る女子が後ろを振り返って、何やら云うんだったか、プリントを回すんだったか。そんな内容でありました。
確か中1の始めの頃だったんじゃないかな、あれを見たのは。入学当初に見た夢。

ただそれだけだったので、全く気にも留めず日々が過ぎていき、その夢を見た事すら忘れていきました。
それから数ヶ月が経ち、新しい年を迎えて暫くしてから、引っ越しをするという話を聞かされまして。
その年の4月には転校したのですが、それから更に数ヶ月後の秋、夢が正夢となったのでした。

この夢も、云い様によっては『転校しますよ』なんていう知らせだったのかも知れないけれど。
あっという間に通り過ぎる、意味があるんだか無いんだか判らない様な夢ほど、戀子に限っては正夢になるので、一寸気になってみたり。

・・一路の家で、お弁当食べるのかな?
因みに今迄、一路のお宅にお邪魔した事もございませんし、今のところ、お邪魔する予定もございません。うふん。
2005.05.18 (Wed) 23:58
すごい日があるもんだ
昨日は一路と逢えず、何となく淋しいと思っていたワタクシです。
以前付き合っていた人達とは、毎週逢うなんてあり得ないって程、随分長い間放ったらかしにされる事も多々だったのに、この変化ったらないね。
近いってのはいいなぁって思います。
あの頃はどの人も、物理的な距離も遠かったけれど(なーんて云っても、遠距離恋愛ではなくて、一路との距離よりは遠い同県内だったり、都内だったり)、それより何より、心の距離がどこまでも遠かったってなもんだ。
彼らの眼には、戀子は映っていなかったろうなぁ。

昨夜は日付を回ってから一路とメルのやり取りを始めるも、一路が眠気に負けてあっという間に切り上げられ、余計に淋しくなってしまったワタクシ。
そんな時だってありますがな。恐らくは女の子ウィーク目前だ。生理前は思春期が如く揺れまくり。万年思春期ですけれども。
で、淋しさを紛らす為にネット徘徊をしていたら、16日がドえらい日だという事を知りました。

どんな日かと云うと、『性交禁忌の日』!
江戸時代、16日の夜は特に性交禁忌の日とされていたんだそうです。
Hしちゃダメだってのさ。それを破ったら3年以内に死ぬなんて云われていたんですって。
どうして禁忌だったのか、どちらが死ぬのか、それとも両方とも死ぬのか。
それがどこにも載っていないので、不完全燃焼この上ないのだけれど、平安時代の医心法(あれ、違ったかな?)に依るんだそう。
何はともあれ、凄い日です。良かった、昨日逢わなくて。逢っていたら死んでいるわ、3年後。

それにしても、こういう『○○したら死ぬ』的な事って、昔からあったのね。
戀子が小学生の頃にも山とあったけれど、今思い出せるのは『紫色の鏡』。
それこそ、内容なんてのはなくて、『紫色の鏡って言葉を誰かに云わないと、3年後に死ぬ』なんていう様なモノでした。意味が判らん。
それを確か小4の頃に聞いた戀子は、「学校を卒業したら死んじゃうの?」とビクビクしておりました。
友達からそれを聞いた後で、戀子が誰かに云ったのか、そこまでは覚えていないのよ。とにかく言葉としてだけ残っている『紫色の鏡』。
どなたか知っている方、いらっしゃるかなー?都市伝説みたいなモンだったのかしら。

昨日よりも心なしか、足首の痛みが引いた気がします。普通に足首を床につけても大丈夫になったので、ちょっと楽。着替えが何より楽ですよ。
今日も湿布、安静、湿布、安静を繰り返します。見切り発車したら、むぁた長引くってなもんだ。

気付けば今日は1日、PCを開いておりました。
サイトのリニュをしようかと、水面下で思ったり、思わなかったり。
でもこの気まぐれさは、シェフの気まぐれサラダ並みの気まぐれっぷりなので、何とも微妙デス。
サラッと見せる決意表明。
ココを見ている方は殆どいらっしゃらないので、誰あろう自分自身に向けて。
2005.05.17 (Tue) 21:19
自分のペースとルールとを
昨日よりも今日の方が、足首が痛かったりします。
見た目には腫れていないし、どうって事もなさそうなのだけれど、用心に越したことはないと、とにかく湿布三昧。そして安静。
湿布、安静、また湿布、また安静。
この5月の日記には『安静』という言葉が何度出て来た事か。
まぁでも、それはそれとして。
折角時間がたっぷりあるのだから、仕事を始めたら中々出来ない事を今の内にやっておこうと思います。

この間、上司と話した事で『何事も自分のペースでやっていこう』と改めて思ったばかりなのですが、そしてそれは自分のモットーであり、目標でもあるのですが、時々ふと、『これで大丈夫なのかしら』と思う事があります。
こうして家で何をするでもなく、自分の時間を満喫し切っている時に落ちる穴。

確実に世の流れからは取り残されているなぁ・・と思うのです。
みんな、学校へ行ったり会社へ行ったりしているのに、何をしているんだろうなぁと。
勿論、ただダラダラと甘える為だけに家に居る訳ではないのだけれど、例えば具合が悪いなどの何かしらの理由があるのだけれど、それが少し快方へ向かうと『こうして居るのはどうなのよ?』と、思っちまう訳です。

専業主婦の方ならば、ちゃんとした『主婦』としての職業が家にあるのだから、それで良い。
でも俺は何?と。
この中途半端な体調の悪さ(今回は怪我ですが)だったりで家に居るってぇのは、ただの甘えでしかないんじゃないのかと。
何となくダルくて、家の中でただただゴロゴロしてみたり、本を読んだり、TVを見たり、ラヂオを聴いたり。
それはただの自堕落なんじゃねぇのかと。
みんな、この程度の具合の悪さだったら、無理をしてでも仕事したりしているんじゃねぇのかと。

コレはトラウマちっくになっているのかも知れません。
過剰反応なのかも知れません。

学校でも職場でもそうだったけれど、「具合が悪いんです」というと、「風邪ですか?」と先ず訊かれ。「違います。ダルいんです」というと、最初の内は心配されても、それが度重なると「甘えているんじゃないの?」「ダラけているだけじゃないの?」という方向へ変わっていき。
血糖が高くて安定しない時の、えもいえぬダルさ加減は、他人に云われれば云われるほど、やっぱりただダラけているだけなのかな・・と思えて来てしまうのです。
そういう事を軽く云い放つ他人が、このダルさを感じている訳でもないのに。そして本人は本当にダルいのだけれど。

大概の場所で、そして大概の人に、具合の悪さを精神論で片付けられる事が多かったものだから、自分でも知らず知らずの内にそういう言葉で片付けようとする癖がついたというか、何というか。
『病は気から』というけれど、ある部分ではそういう場合もあるけれど、一方で、気力だけで持ち直す事ばかりではないという事を、身を持って知っている筈なのに。

そうしてはまってしまうループ。

でもでもでもよ。
他人には判らない自分なりのペースやルールを、誰しもが持っている筈で。そして戀子のペースやルールは、今こうしてある事で。
ね。
見失いそうになるトコだった。危ないなぁ、ホント。

改めて。
長い目で見れば今のこの躓きは貴重な時間。
外に出てばかりいたら見えない事が、家の中では見えて来るというではないの。ね。ね。

本を読みながら、こおりチャンの言葉を聞きながら、改めて思った次第。
何事も、人より準備期間が必要なワタクシなので、がっつりとウォーミングアップをしてから出ようと思います。

歩き辛いからと今日のおデートをキャンしたのは自分だけれど、ああ、一路と逢いたかったなぁ。
月曜の夜に彼と離れて1人家に居るのは、少し淋しい。
彼の匂いと熱にまみれたいと思うのです。
2005.05.16 (Mon) 23:01
美味しいご飯と強烈なひねり
父以外は今日はみんなお休み。
弟(上)の「中華街に飯食いに行こう」の一言で、お出掛け決定となりました。

戀子が住む街から横浜へは、電車でも車でも然程遠い距離ではありません。おデートにもお出掛けにも程好い、遊び場くらいの距離でしょうかね。
一路とはチョコチョコ行っておりますが、弟2人と母とで連れ立って行くのは、本当に久し振り。先ず弟2人の休みが、これまでは殆ど合わなかったからね。

思えば、休日の中華街なんてのは、それこそ何年振りだろう?
横浜へ頻繁に(とまではいかないが、それまでと比べれば『頻繁に』)遊びに行く様になったのは学校を卒業してからで、その頃からこれまでずっと、平日休みのワタクシですので、休日には先ず行けないのですよ。
休日に休みだったとしても、平日休みのゆったりさに慣れてしまったものだから、わざわざ混んでいる場所へ行こうとも思わない。そうこうしている内に、『人混みが気持ち悪い』とまで云い出す様になちゃって。
この1、2年で人混みで気持ち悪くなる事がなくなったのは、ある意味、奇跡的です。

渋滞に巻き込まれる事もなく、順調に横浜へ。
中華街傍の駐車場に車を停め、朝陽門から中へと入っていくと、やっぱり人の山、山、山・・
メインストリートである中華街大通りは、既に芋洗い状態ですよ。平日に来た時よりも多く聞こえて来るのは、あらゆる土地の方言。そうだよなー、休みなんだよなぁってのを、こういう所で実感致します。

昼時からは幾らか過ぎていたけれど、それでもどこの店もまだまだ人でいっぱいで。
どこで食べようかと散策しつつも、やっぱりいつもの所かなぁってんで、『鯉鰻菜館(りーまんさいかん)』へ行きました。

コースメニュー、セットメニューが多いこの場所にあって、このお店は単品メニューが充実したお店で、しかもとてもリーズナブル。
数年前に母と遊びに来た時に、何処の店もとにかく人がいっぱいで入れなくて、空いていたからというトホホな理由で入ったお店だったのですが、ここはヒット。大当たりでした。
安くて美味しいのに、どういう訳か、いつだって空いているというこのお店。
静かだし、いつでも確実に入れるしで、ファンとしては嬉しい限りなのだけれど、それで閉店に・・なんて事にならない事をひたすら祈る次第です。
だってもぉさぁ、TVや雑誌で紹介されていた、超―――っ行列のお店に入った事もあったけれど、これがまたアイタタ過ぎた事もあって。不味いったらありゃしないのよ。金返せ!と云わんばかりのお店だったりしてね。勿論、そんなお店ばっかりじゃないのだけれど。
・・でもあそこは酷すぎた。
有名じゃなくてもいいのです。美味しければ御満悦ですよ。

今日もやっぱり空いていて、すぐに通して頂けました。
何にしようとアレコレ悩みましたが、結局はしょっちゅう頼んでいる海老チャーハンに。
海老、どぁい好きなのです。目が無いのよー。
余り美味しい中華に出合った事が無いので、中華料理は苦手な部類に入るのだけれど、ここの料理はどれも油っこくなくて良い。
今日もプリンプリンな海老を味わいながら、美味しく完食しちまいました。ごちそう様でした。

お店を出て、そこから更に散策。腹ごなししない事には、苦しいったらありゃしないのですよ。
中華街大通りを抜けて長安道に入るとすぐの所にある占い屋サンに目をやると、中にいらっしゃった占い師の方お2人が、笑顔で手招きしているのが見えました。思わず笑って通り過ぎたのですが、弟2人が妙に気になってまた戻り、占いを受ける事に。
占いで1人千円という料金は、相当お安い方ではないでしょうかね。
占って頂こうか、どうしようかと悩んだものの、今回はスルーする事に。その内、また訪れる事があったら行ってみようと思います。
弟達曰く、「当たっていた」との事。話もしないのに云い当てられた事が幾つもあって、かなり信用しておりました。
そうか、そうか・・

中華街をグルっと回った頃に風が急に強くなって来たので、帰る事に致しました。
いやはや、楽しかったなー。またゆっくり行きたい。

そんな楽しい帰り道、夕食の買い物をしようと入ったスーパーの出入り口で、ワタクシ、派手に捻挫しちまいました・・
少し深くて広いくぼみがあった様だったのだけれど、その上にマットが敷かれてあったので気付けなかったのね。
余りに派手にやったので暫く立てなかった程。降りてすぐに車に戻った次第。
やった直後よりも、数時間経った今の方が遥かに痛く、着替えをするのも一寸大変でした。
骨折している感じではないので、おとなしくしますよ。
明日のおデートは、立っているのもしんどいのでお休み。
あーあ、やっと元気になったのにぃ。
2005.05.15 (Sun) 23:27
骨抜かれまくり
4月の後半に救急車で運ばれ、そこから床に伏す事、3週間余り。
この1週間で漸く、着替えて動いて・・と始めたけれど、それまでの2週間は文字通り寝っ放しの生活でした。
仕事の時には立ちっ放しで、腰痛も厳しい事になってきたなぁという状態でしたが、流石に2週間寝っ放しだと、今度は寝すぎで腰が痛いってなもんだ。
そんな訳で、今日は久し振りに接骨院へ行って参りました。

ここの接骨院に始めて行ったのは、中学生の頃。なのでかれこれ、15年余りのお付き合いになります。

接骨院はここ以外へは行った事がないので、他の接骨院がどういったものか知りませんが、ここは他と比べて治療は丁寧で、診察代はお安いらしいのです。
行くと大抵、腰と肩から首、背中にかけて電気を流して貰い、全身マッサージをして頂きます。今はそれに加えてバネ指なので、指の治療も加わって、トータル500円程。今日は数ヶ月振りだったので初診料を取られましたが、それでも1,000円チョイ。
人に訊くと、他の病院で同じ事をやられたら、3千円は軽く越えるそうなので、これは破格なのでしょう。

そういう親切設定なのも手伝って、ここはいつだって混雑しております。
なので今日は、3時からの診察時間に対し、2時に行ってスタンバッてみたものの、ご近所の方々はそれより相当早い段階で、診察券を出すだけ出していた様で。
来た時には戀子の他に2人しか居なかったのだけれど、気付けば10人近く既に診察券を出していた様で。

病院にあった『YOKOHAMA Walker』を読むも、GWのイベント特集だったので、情報は少し古め。それでも色んな遊び場をチェックして、今後のおデートに活かす為に物色してみたり。県内でもまだまだ行った事がない場所は幾らでもあるんだよなぁ。
本の最初から最後までを何往復もし、気付けば病院へ入ってから1時間半も経っている。
何往復をしてしまった後ではもぉ、流石に読む所もないよ・・と本を書棚に戻そうとした時に、漸く呼ばれて治療を受けました。

今日も今日とて、全身フルコース。
電気をかけて、マッサージをされて、いやはや、御満悦であります。
接骨院で骨抜き。やや、骨抜かれまくり。
至福の一時でありました。
2005.05.14 (Sat) 23:53
あの日に重ねる想い
戀子は5回の引っ越しの中で、同じ市内で4度引っ越しをしております。
生まれた時の家から小学校に上がる時に1回、5年の冬休みに同じ学区の中で1回、中1の春休みに1回、22歳の時に数ヶ月だけ別の市へ移り、そして今の家に引っ越し。
こうして書くと、割りと流浪の民かも知れません。まぁ、色々あったのですよ。家庭の事情でさ。

今住んでいるこの場所というのは、小1から中1迄を過ごした学区のすぐ隣りになります。
小学生には一寸した冒険だった『学区外でのお買い物』をするには、今住んでいるこの辺りを通らないと行けないのです。
今の場所も、駅までバスで20分前後という不便な場所だけれど、それよりも更に奥へと入るので、やっぱり小学生にとってはね。校則を破ってのお出掛けは、冒険以外の何ものでもなかった。

ああ、話がズレた。
今は隣りの学区に住んでいるワタクシですが、ご近所なので車で以前住んでいた辺りを通る事はしょっちゅうあります。けれども、歩いて回る事はありません。
ウォーキングで行くコースとは違うし、いざ歩くとなると少し遠い。バスで云えば、そこから更に10分一寸はあるでしょうか。

でも今朝、起き抜けの頭で「今日は行こう」と思いまして。
何かの啓示?ンな事も無いのでしょうが。けれど、ものっそい行きたくなってね。何があった訳でもないのだけれど。
幸い、体調も良さ気だった事もあり、サクサクと朝の腹筋&ストレッチをして、ご飯を食べて、出掛ける準備。
その様子を見ていた母も、一緒に行くと云い出したので、手に手を取っていざ、スタート。2人っきりの歩け歩け大会が始まりました。

この間までの暑さもどこへやら、曇天の肌寒い陽気だったので、歩くには調度良かったり。
母とあれやらこれやら話しながら、ケータイで写真を撮りながら、かつての『庭』を目指して歩きました。

その辺りを拠点としていたのは、今から遥か20年近く前の事。
覚えのある景色に出合う一方で、乱立した家や建物に記憶が乱される事も多々。
そりゃそうだ。20年経てば変わるってなモンだ。

「家の方まで行ってみようか」
小5から中1の2年程しか住めなかった家の傍まで、20年振りに行きました。

思えば、ここから始まった我が家の色々。
そこから十数年の間、追われる様にして転居し続ける『始まり』となったここは、それらを嫌でも思い出させる場所でしかなくなっておりました。
当時は学校から帰れば外へ遊びに行ったり、中学の1年は部活があったりで忙しく、ただ寝る為だけに帰って来る様な場所でしかなかったので、思い入れも特にはなかったし、その周辺のモロモロはすっかり忘れていたのだけれど、家のすぐ前を通って、そこから小学校へ向かう道を歩いて行く内に、色んな事をツラツラと思い出して行きました。
数々の家に纏わる嫌な事よりも寧ろ、心を温めてくれる親密な想い出。

朝、学校へ行く時に見上げた冬の青空と冷たい空気だったり、引っ越して来たばかりで馴染めない登校班の列の中だったり、『星の観察会』と称して、学年のみんなが集まって校庭で観察した夜に、友達と交換して内緒で舐めた飴の味だったり。
大好きだったあの男の子の事も、ずっと一緒に居たかった友達たちの事も。

狭い路地を抜けて国道を横切り、学校を目の前にした時には、懐かし過ぎて不覚にも涙が出そうになりました。
年とったねー、俺っ!
20年程前の自分に思いを重ね、懐かしい気持ちムンムンで校舎の写真を撮ったりしておりました。教室の中にも入りたかったなー。校庭へも入れない最近の学校事情。切ないねぇ。

学校のすぐ近くだった、小5の冬休み前まで住んでいた家の傍を通り、よく遊んでいた公園へ行って変わり過ぎた風景にがっかりしつつ、そこからすぐの、変わらないパン屋さんでパンを買い。

いやホント、懐かしさで胸がキュンキュンな歩け歩け大会でありました。
忘れていた記憶が幾つも今と繋がって、ものっそい癒されたなぁ。
過去、振り返っちゃったよ。

帰りの道で、近所に畑を持つ方が軒先で野菜やら花やらを売っていたのに引きつけられ、カモミールとミントの鉢植えをゲット。合わせて200円の幸せよ。
思わぬ戦利品にホクホクの1日でありました。
2005.05.13 (Fri) 23:59
オッケイなのか、アウトなのか
ここずっとあった浮ついた感じが今日は全く無くて、1日快調でありました。

体調を壊してから出来ないでいた腹筋やストレッチを今朝から復活。
食欲衰えぬまま、体調に任せてずっと寝てばかりいたので、当然の事ながら、それはそれは恐ろしい事に・・
ああ、見て見ぬ振りはもぉ出来ませんよ。着られる服がどんどん減っていくこの事実。
そんな訳で、今日から復活です。腹筋もストレッチも。
いきなりフルでやってしまうと、まぁたアイタタな事になり兼ねないので、少し軽めにね。

それに加えて、昨夜からはパワーヨガを始めてみました。
最初は『痩せる為!』ってんで、本を買った訳ですよ。でも読んでみたら、それもさる事ながら、体調を整えるのにも良いのね。
それならばと早速やってみたら、大した事はしていないと思うのに、終わってみたら結構ハードで。汗ダラダラかきまくり。
でも、これは効くかも知れません。今朝はすっきりした気分で目覚める事が出来ました。
しかも、昨日迄気持ちが悪くなる程の激しい肩凝りで参っていたのだけれど、憑き物が降りたかの様に軽い、軽い。
慢性的に酷い肩凝りに悩まされているので、それだけでもやってみる価値はあるかも知れないなぁ。
何事も続けない事には意味が無いので、ガツガツと頑張ってみようと思います。
だってほら、綺麗になりたいじゃないの。
セルフメンテをしない事には、もぉ老いには敵わないじゃないの。
三十路の猫パンチ。良いってものはやるに限るのさ。

夕方からは面接へ。
やっぱり家から近いってのは良いねー。バスや電車の時間を気にしないでいいんだもの。
未だ工事中の店舗で、面接官の方もこちらも立ったままでの面接だったのだけれど、希望公休日と希望職種、勤務時間をざっと訊かれるだけで、あっという間に終わってしまいました。
徒歩5分余り、待ち5分、面接5分。
後日連絡を頂けるそうなのだけれど、こりゃオッケイなのか、アウトなのか。いやはや、よく判りませんな。
でもまぁ、感触は悪くなかったし、「6月からお仕事出来ると思いますので」というお言葉付きだったので、そのままの意で受け留めようと思います。

終わってから、一路に報告のメルを。
昨日はかなりヒートアップしていたので、あのままでは一寸まずかろうという事で、サラッといつものテンションで。
いつまでも引き摺っていてもね、しゃーないから。昨日の事は戀子の気持ち1つなので、強引に軌道修正してみる。
無理はしてないからダイジョブよ。
そしたら一路も、普通に返して来た。
メルを切り上げる頃には軽いHネタで終わる位の気楽さでした。
そうでないとな。

今日もこれから、ヨガりますよ。
日替わりで色んなポーズがあるらしい。本に付いて来たDVDを観ながら、レッツ腹式呼吸!
・・己の身の固さに、ほとほと愛想が尽きる思いです。
アタタ、アタタ。ヨガで想像する、優雅さなんてどこへやら。
2005.05.12 (Thu) 23:12
すっかり忘れていたのだけれど
すっかり忘れていたのだけれど、面接の予約を入れてあった会社がありました。
遡る事、1ヶ月程前。
その前の週に、今(というか、以前のというか)の会社の面接に行きまして。けれど約束の期日までに採用の連絡が無かったので、サクサクと次へ行きましょうという事で、その日の午前中にその会社へ予約の電話を入れたのでした。
戀子の家の極近くに、新しくスーパーが出来るのですよ。オープンは6月。
4月上旬の求人紙に6月オープンの求人を入れるとは気の早い話で、先方も「今は応募は受け付けているんだけど、実際に面接をして頂くのは5月に入ってからになるかな」というお話でした。
まぁそれでも良いかと、一先ず予約を入れました。

そうしたら、予約を入れた日の午後に、採用の連絡を今の会社から頂きまして。
その翌週から仕事が始まり、程無くして救急車で運ばれ、ダウンしまくり。

そんなこんなの、慌ただしいんだか何だかな時間に紛れる事、1ヶ月。
ある意味、怒涛の1ヶ月。
予約を入れていた事すらすっかり忘れていたのですが、今日になってその会社から連絡がありました。
「あれから時間が経ちましたが、働く意思はおありですか?」と訊かれ、あるある!ってなモンで早速明日、面接となりました。
それにしても、何ていうか、タイミングが絶妙だ。
でもでもでも。
このタイミングに乗っていこうじゃないの。漸く落ち着きつつあるんだし、風がこっちに向いて来ているんだろうからね。

夜、一路とのメルの中で、戀子のツボな言葉を一路が吐いて、久々に本気で切れました。
ああ、何度その言葉を聞いたろう。
そろそろ判ってくれまいか、その言葉がどれだけ嫌なのか。
本当に、本当に。
シカトして、いつもの様にヘラヘラしていれば良いかとも思ったのだけれど、それも出来なくて。
レスしないのも1つだけれど、それをやってはやっぱりアレなので、おやすみなさいとさっさと切り上げてみる。
1日の最後にコレはないよ。折角、穏やかに過ぎていこうとしていた1日だったのに。

今日のお昼は、久し振りにたらこのパスタを作りました。
タラスパ、どぁい好きなのだけれど、ただでさえ詰まり易いってぇのに、戀子の歯並びはこの上なく悪いので、人よりも1割増で詰まり易いのです。1割どころじゃねぇかな。だもんで、ここ数年は外でタラスパを頂く事はないのです。
でもでも、家なら幾らでも詰まり放題だからね!
んもー、ウマかった。幸せでぃす。
穏やかな1日だったのよ。うふん。
2005.05.11 (Wed) 23:21
久し振りに、電話で
ダルイからといつまでもウダウダしていてもしょうがないと、朝から重たい体に鞭打ってお掃除を。
前に掃除をしたのは、思えば仕事を始める直前の事。
やや、1ヶ月近く放置だったか。道理で埃っぽい筈だわよ。
窓を全開にして、カーテンやらラグやらの布物を全て洗濯し、掃除機かけて、コロコロやって、軽く模様替え(というより、小物の配置換え)をし。
綺麗になった部屋を眺めて、ああ、スッキリ。これでいつでも誰でも呼べる部屋になりました。誰を呼ぶ宛ても、今の所は全く無いがな。

やれやれ・・と腰を下ろしたと同時に、上司から電話が。
「具合はどうですかー?」
軟らかい声音を聞きつつ、さて、どうしたもんだろうと思いながら、ツラツラと話をしました。

幾らか良くなったとはいえ、未だ時折フワついた感が抜けないという事、外で救急車で運ばれた事から、遠くへ通う事に不安を感じている事、仕事は続けたいものの、何時いつなら大丈夫という返事が今は出来ないという事、等々。

結局、色々と相談した上で、1度リセットする事に致しました。
「凄く期待していたから、本当に残念だわ~・・でも体が資本だものね」と云ってくれた上司。
「でも、もし働きたくなったらいつでも電話して来て。すぐに手配するから」。
・・ああ、本当にすみません。色々とよくして頂いたのに。
1時間程話し、電話を切る。
職場では出来ない人生教訓的話を聞き、いつもと変わらぬパワフルな彼女の声を聞いて、元気を分けて頂きました。ありがとうございました。

やってみたいと思っていた仕事だったけれど、結局は自分の体には負担でしかなかったのかしら。
でも、こればかりはしょうがない。人生長い目で見れば、この程度の躓きは何でもない。今の世の中の様に、スピーディーな動きは出来ないけれど、自分なりのペースでゆっくり動こうではないの。
それでまたやってみたいと思うのであれば、その時には電話をしてみよう。近場で人の空きが無いというのが残念でなりません。うむむ。

夜はこおりチャンとお電話。
ホンマ、世の中には色んな人がおるなぁと、彼女の話を聞いて思う。
「凹んだのよ~!」と電話をかけて来たのだけれど、話をしていく内に、戀子の方がこおりチャンから元気を分けて貰った感じ。
んもー、パワフルこの上ないったら。恋する女子の吸引力に、激しい力でグイグイと引っ張られた気が致しました。
くぁぁぁ、俺も頑張るーっ!

女子2人の言葉に癒されて、戀子も漸く上向いて来たか?
思えば電話でじっくり話すのは、本当に久し振り。電話は嫌いだと公言しているからね。
メルも良いけれど、たまには電話も良いかも知れない。
人の心を癒すのは、やっぱり人の心なのよねぃ。
ホント、感謝、多謝!
2005.05.10 (Tue) 23:57
マッタリとした時間と迫り来る時間
今日は朝から眼科の受診。
造影剤を点滴しながら眼底の写真を撮る、FAGと呼ばれる検査をしました。
毎月の受診もさる事ながら、数ヶ月に1度行われるこの検査は、ものっそい緊張するのです。酷くなっていたらレーザーを撃たれるな・・という緊張。
コレが痛いのよ、とても。撃たれる箇所にもよるのだけれど、頭蓋骨を撃ち抜かれる様な感じで。これとは違う、よくある視力矯正の為のレーザー治療は痛くないのだろうかな。

9時半から目薬を使って瞳孔を開き始め、程良く開いた11時頃に検査スタート。
真っ暗な部屋の中、写真を撮る機械の前に座ってフラッシュ並みの強烈な光を受けながら、レーザーは撃たれない様にと必死に祈ってみる。今更祈ったところで仕方がないのだけれども。

数十分の撮影の後、パソコンに撮り込んだ写真を見ながら診察。血糖値が高い割りには眼の状態は安定している、という話。
ただ1つ。
右目がかなり悪くなっている様子。それも中心の辺りが。

眼の端の方であればレーザーで、新生血管という文字通り生まれたばかりの血管を焼いてしまえば良いのです。新生血管は脆く、出血し易い血管なのでね。焼いて止めるという感じ。
けれども、それが中心の辺りとなれば話は別。そこをレーザーで焼いた日にゃ、それが原因で失明してしまうのですよ。

で、悪いのは当にそこ。
写真を見ながら先生が云うには、「この状態で見えているっていう方が、ある意味、奇跡なんだよなぁ」との事。
眼の中心の辺りに靄がかかっていて(=出血があって)、けれどもその靄の中に隙間がチョコチョコあって。
その隙間があるから今は見えているんだそうです。

当然の事ながら、中心に近過ぎてレーザーを撃つ事も出来ないので、そのままにしておくしか無いんだそうな。
という事は、見えなくなる時期が確実に近付いているって事なのね。
まぁでも、右目が見えなくなったとしても、未だ左目があるから。うん、大丈夫だ。気落ちする必要はない。

午後からは一路とおデート。
一路は初めて、戀子は久し振りのお店でご飯を食べてから、お気に入りのラブホへ。
折角天気が良いのだから、本当はどこかへドライブしたりしたいものだけれど、散瞳後の眼というのは、光がとにかく眩しい(ある意味、フラッシュたかれっ放しの様な)上に、涙で滲んだ時と同じ様にモノがよく見えないのです。歩くのも怖いってなもんだ。

映像を観るのもしんどいので、一緒にお風呂に入ったり、ベッドの中でお喋りしたり、ゴロゴロしたりしてのんびりと過ごしました。
一路に検査の結果を訊かれ、どう答えたものかと迷ったものの、事実を出来るだけ淡々と伝える事に致しました。
この事で色々と考え込んでしまって、黙られたらツライなぁ・・と思っていたのですが、「まぁでも、左目があるからな」と云ってくれて、本当に救われた気が致しました。
気を使わせたな。ごめんよ、一路。

気が付けば久々の交わりで、肌の温かみと彼の匂いに癒される。
一路とのマッタリとした時間の中で、迫り来る別の時間を思いました。
右目を瞑って、そこから見える世界を思う。
大丈夫、そんなに変わらないから。

未だ病みも上がり切っていない状態なので、今日も日付が変わる前に帰宅。
穏やかな気持ちで眠れそうです。うふん。
2005.05.09 (Mon) 23:53
母に捧げるバラード
昨日の夜から今朝にかけて全く眠れなくて、気付けば朝の7時過ぎまで起きておりました。
何もないのにオール!どうせオールなら、遊びの時にして頂きたい。
1時前には寝る態勢で、布団の中でゴロゴロしていたのだけれど、これがまた全く眠れず。
諦めて暫く本を読んだりしていたものの、気付いたら窓の外が白み始めて。いやはや。久し振りに朝陽が昇るのをじっくり見ました。
1日が出来上がって来る素敵な時間。空気が澄んでいて気持ちが良かったなぁ。
オレンジの光に引き寄せられる様に、窓の格子を縫って思わずケータイで写真を1枚。一寸得した気分ですよ。

眠れないかも・・と思いつつも、何の勘ので7時半には気絶状態で爆睡。
やっぱり完徹は無理なご様子。そぉよ、だって三十路だもん。
ここ数日は、自覚出来る程の浅い眠りが続いて居たのだけれど、今朝はホントに熟睡。夢も見ないで3時間。
気持ちの良い睡眠時間でありました。

今日は母の日だという事で、お昼ご飯を食べに外出。
久し振りにお寿司を頂き、そこからショッピングモールのハシゴをしました。
去年はネットで注文したピンクの薔薇の大きな花束を贈ったのだけれど、今年はうっかりしまくりで注文し忘れてしまい、気付いた時には受付締め切りというサイトが殆どで、何のサプライズもありゃしないったらない。
結局、母の希望で洋服と靴とをお買い上げ。少し気を使わせた感がなくもない。うむむ。来年こそは。ああ、来年こそは。

かなりの長い時間を外で過ごしていたら、案の定、帰る頃には電池切れ。体力、落ちまくりやねん。まいったな。

戀子も三十路になり、自分が年を重ねたのを思うと同時に、両親が年を重ねた事も改めて思う。
年をとって、親の背中が小さくなったとはよく云いますが、アレをここ数年で本当に実感するのです。
後ろから抱き付いても倒れないだろう勢いだったのに、今ではそれをするのも憚れるほど。ちっさい、ちっさい。
ここ数年の母は更年期だったり持病だったりで、身も心も随分と弱ってしまいましたが、これが年をとるという事なのかしらね。
老いって奴なんですかね。

女同士であり、戀子もいい歳になった事もあり、以前とはまた違った形で母とは色んな話を致します。
世の云う『友達親子』という感じではないけれど、女同士の会話を出来る様になったのは、何だか少し嬉しいものです。
色々とあって、母には友達と呼べる人が全く居ないので、戀子が母の友達の代わりとなって出来る事があればなぁ・・と思います。
母と一緒に外出する機会を出来るだけ持とうと思うのも、実はその表れ。そういう楽しみを一切、持てなかった人だから。せめてね、家族だけは。云った事はないけれど。

これから先、後どの位、一緒の時間を過ごせるかは判らないけれど、一緒に居られる間は『母娘』の関係を全力で楽しみたい。
この人が戀子の唯一の母親だから。全力で守り続けてくれている人だから。

どうもありがとう。
これからも恐らくは、いっぱい心配させます。
本人を目の前にしては云えないけれど、本当に尊敬しておりますよ。
大好きです。
2005.05.08 (Sun) 23:52
止まらず・・
昨日から読み始めた『海辺のカフカ』。
フラフラするし、少しずつ読み進めようと思っているのに。
やっぱり無理だー。読み始めたらグイグイ惹き付けられてしまって、一気に読破。

あああ、この感じが好きだー。
切なくも明るい未来に乾杯だー。

ナカタさんと一緒にウナギを食べながら、のんびりと過ごしたいなぁと思いました。

これで判るアナタ、お友達になりましょう。
2005.05.07 (Sat) 23:11
アナタに夢中♪
誰あろう、あぁた、村上春樹よっ♪♪♪

先日、Amazonで注文していた村上春樹サンの文庫版『海辺のカフカ』が届きました。
この作品自体は2年半程前に出版されておりまして。村上作品に限らず、小説等々は文庫本で集めているワタクシ、漸く手に入れる事が出来ました。
文庫版が数ヶ月前に発売されていた事もすっかり忘れてしまっておいて何ですが、ワタクシ、村上サンの作品が大好きなのです。

昔は自他共に認める程の読書魔で、それもかなり雑食の部類でありました。
『読書量』というモノがあるとするならば、戀子の一生分の読書量は幼稚園に上がった頃から学生の頃までで全てを使い果たしてしまったと云っても過言ではなかろうかと。それ位、ありとあらゆる本を読みまくっておりました。習慣的に。
とは云いつつも、例えば太宰治だったり、芥川龍之介だったり、そういった方々の本は殆ど読んだ事はございません。読んでみようと手にした事はあれど、当時の戀子には難解で挫折してしまいました。

その昔、どのジャンルに触手が向いていたのか、実はよく判らなかったり。
こと小学生の頃などは本当に雑食過ぎて、今の戀子にはよく判らないチョイスでありました。児童小説から実用書、はたまたエロティック(というより、エロ)な本までと幅広く。
戀子の性の知識は、幼稚園の頃に近所の男の子から強引に、そして執拗に繰り返された『お医者さんごっこ』で感じた悶々としたあの感覚を経て、相当早い時期に本から得ていたのだなぁと、書きながら思い出しました。
そうか、そうだったなぁ~・・

それはさて置き。

戀子が初めて出合った村上作品は、『ノルウェイの森』。
当時、仲良くしていた友達のお姉さんが読んでいて、貸して頂いたものの、それはそれは難解で。
当時の戀子が好んで読んでいたのは、藤川桂介サンの『宇宙皇子(うつのみこ)』であったり、田中芳樹サンの『銀河英雄伝説』や『創竜伝』だったり、そうかと思えば氷室冴子サンや久美沙織サンといった少女小説だったりと、全く違ったジャンルの本ばかりでありました。

そこに現れた村上春樹。
文章は淡々としているのに、その奥に流れているものが幾重にも広がっていて。
午後の図書館の様にシンとした時間だったり、そこはかとなく漂う哀しみであったり、温かくも切ない交わりであったり。

けれども当時はやはり難しく、そのまま忘れておりました。
その後、クラスの友達が読んでいた短編小説集『TVピープル』を借りる機会があり、そこから一気に村上ワールドの虜に。
『ノルウェイの森』で感じた世界とはまた違った、寓話の様な不思議な世界がそこにはあって、驚く程の吸引力でのめり込んで行きました。

あれから早15年。
本を読む量は激減し、新刊を欠かさず買うのは、今では村上作品のみと云っても良い程。
今回の『海辺のカフカ』、読了後にはどんな想いに浸れるのか。
少しずつ読み進んで行こうと思います。じっくり味わいつつね。
2005.05.06 (Fri) 23:01
思春期想い出巡り
救急車で運ばれた日から、ほぼ家で過ごしていた戀子。
この間の夜の3時間余りの一路との逢瀬が、実に久し振りのお出掛けでありました。

家でおとなしくしている分にはかなり楽になっていて、フラフラの間隔も相当延びまして。
この間からは布団を上げてきちんと着替え出した事もあって、家族もチョコッと安心した様子。
「リハビリを兼ねて、外へ出てみる?」と云われ、母と弟(上)と共に、今日は小田原方面へお出掛けして参りました。

小田原は戀子が思春期を過ごした街。
最も多感な時期にある高校の3年間を、この小田原で過ごしました。
や、実際は3年間も行っていないけれど。何せ当時の戀子は今よりもハイペースで学校をしょっちゅう休んでいた事もあって、後1回でも遅刻・早退したら、卒業出来なかったという位でしたので。まぁ、病欠のみならず、ミサ欠なんてのもあったからね。ウヒヒ。

小田原では3日には『北条五代祭り』が開催され、昨日・今日は市内の幾つかの神社の例大祭が行われ、沢山の山車や御輿が街なかを練り歩いておりました。

駅前の駐車場に車を停めて、いざ小田原城へ。

日傘を差すのには充分な程のこの陽射し。
いやいや、持って来なかった事を激しく後悔。おまけに日焼け止めクリームさえ塗っていない。三十路の肌にこの紫外線はキョーレツ過ぎますよ。

お城までの緩やかな上り坂を歩き、桜並木を抜けて現れるのは城址公園。
他のお城へ行った事が無いのでアレですが、小さな動物園と遊園地とを併設しているお城ってのは、そう無いのではないでしょうかね。
この城址公園のアイドルは、象の『梅子』。
今日も狭い敷地の中を、ゆったりとした歩調で歩いております。舎の中に入らないのは、中が蒸して暑いからなのかしら。
大きな体に小さくて優しい瞳がとてもキュートで、いつまで見ていても飽きないのです。写真、撮りまくり。

梅子を見た後、他のモロモロの動物達をざっと見て、それよりも面白い色んな人達を観察しながらお堀端へ。
藤の花を見たかったのだけれど、もぉ盛りは過ぎたのか、少し散り気味。近くで写真を撮ろうとしたものの、敢えて遠くから撮ってみる。この方が綺麗に見えそうだなぁ。

お城周りを久し振りにゆっくりと歩き、暑さに負けて、お城から程近い『甘味ホール』へ。
ここは商店街の中にある古くからのお店で、学生の頃にもよく行っておりました。
ジェラードやアイスキャンデー(キャンディーじゃない所がイイ!)、大判焼や焼そば、たこ焼きといった、学生のド定番メニューとでも云いましょうか。昔からあるファストフードとでも云いましょうか。
昭和の香りがプンプンで、時々無性に行きたくなるお店の1つなのです。
今回はチョコチップのジェラードを頂きました。ウマかった~♪

帰る頃には流石にグッタリして、かなりまいっちんぐな状態になってしまいましたが、いやいや、思春期の想い出を巡る様なお出掛けとなりました。
2005.05.05 (Thu) 23:37
『想う』事と『思う』事
好きで、好きで、本当に大好きで。
こんなにも恋焦がれ、身悶え、心を激しく掻き乱される。
誰あろう、あなたの為に。

恋愛は楽しいものだと思っていた子供の頃。
実はそうではないという事に気付かされたのは、それから間もなくの事。
淡い淡い、パステルのグリーンとピンクが混じり合った様な初恋で、ほろ苦い想いを味わいました。
それまでの恋愛は、恋愛と呼ぶにはいささか幼過ぎたけれど、まだまだ子供だった事もあって、好きな人と想いを通わせる事は、それ程難しい事ではありませんでした。
というより、当時の戀子の『恋』は、自分の事を好いてくれる人を好きになるという、あくまで受身の恋。思えば、随分早くに訪れてしまった我が身の春でした。

思春期にさしかかって以降の恋は、実ったもの、実らなかったものと多々あれど、どれもこれも泣かされてばかりでありました。
でもこれが、『恋』なのかも知れません。
何の障害も無くスムーズに事が運ぶ時もあるのでしょうけれど、大半の方々がそうである様に、戀子にとってもそれはなく。
けれど、そんな色々を重ねた先にある恋は、何よりも味わい深いと思うのです。

好きで、好きで、本当に大好きで。
そんな風に思える人と出逢えた事を、先ずは幸せに思いたい。
好きになれば身も心もその人と結ばれたいと思うのは、それは自然の事。
望む通りになったとしたら、本当に本当に素敵な事でしょう。

そうはいっても、全てがそうなるかといえば、当然の事ながらそうではなくて。
どんなに恋焦がれる相手であっても、波長が同じ方向へ進んでいない時には、どれだけ想ったところで繋がる事はない。
たとえ繋がったとて、無理矢理繋げて走ったならば、いずれ歪みが出てしまい、そこから脆く崩れてしまうでしょう。

自分1人では進めない恋愛だからこそ、相手をどれだけ思えるか。
『想う』事と『思う』事とを同時に行わなければならないという事を、戀子は一路と逢えなかった9ヶ月で教わりました。

それまではどうしても、自分の気持ちばかりを優先させておりました。
だって好きなんだもの。それで良いじゃないのよと。
勿論それは、突っ走るという意味では大事な事なのだけれど、突っ走るだけ突っ走って、相手の首を締めて追い詰めてしまう様では、相手はただ苦しいだけ。
自分の気持ちを判って欲しいという、ある意味では純粋な気持ち故の『自分優先』なのですが、それは自分の勝手でしかないのですよ。
そこに相手の心はない。

自分にも、そして相手にも、色恋以外の時間があって、そこでは知らない時間を過ごしている。
自分が知らないその時間の中では、相手の別の顔があって。そこで望まれる立場があって。
そういう事を考えていくと、どうしても自分の気持ちだけでは進められなくなってしまいます。
知らない幾つもの時間の隙間に、自分の存在を少し想い出して貰えれば。
存在を気付いて貰えれば、それだけで先ずはオッケイだと思うのです。

自分が起こした行動に対して、どういう反応があるかは夫々。
決して望まない反応であったとしても、少なくとも意識はして貰えたという事は、何もしないで忘れられるよりはずっと良い。

何かに突き動かされる様にして動きたくなる時は、そこに身を委ねた方が良いと思うのです。自分以外の見えない力が、動けと云っているのだから。そういう野生は大事にしたい。
考えるよりもずっと信じられるから。

楽しい、嬉しいばかりが恋愛ではない。
つらくて何度も泣いたあの夜さえも、今に到る通過点であったとしたなら、過ごして良かったと今では思える。
色んな事があった先にある恋愛は、フラットに進んだそれよりも、遥かに味わい深くなる。
『そういう事もあったよねぇ』なんて、いつか誰かと話す事が出来れば、最高なのではないかと思う。

長い事、心の底から好きになれる人と出逢えなかった戀子は思う。
愛する事が出来るのは、結ばれても、結ばれなくても、幸せな事。
自分以外の誰かへと向ける温かな感情を、沢山泣きながら大事にしたい。
2005.05.04 (Wed) 23:59
そろそろ動かないと
救急車で運ばれてから1週間チョイが経ったものの、未だ左手の点滴の痕が消えません。
大分範囲は狭くなったけれど、左腕にはっきり残るこの青緑な痕は、半袖の時期だったら隠したくなる様な、そんな感じ。色が白いから余計に目立っちゃうのね。まぁでも、誰に見られる訳でもないからヨシ。
それにしても、コレって下手くそだったって事???看護師サンの方が遥かにうまかったよー。研修医サン、頼むよー(懇願)。

昨日の夜、実に1週間振りのお出掛けをして参りました。
ってか、一路と食事に行っただけなんだけれども。
未だグルングルン回る時はあるものの、漸く症状も落ち着いて参りましたので、リハビリを兼ねて出てみようかなと。一路とだったら車だし、近場でだったら何かあったとしてもすぐに帰れるし。

8時頃、迎えに来てくれた一路、昼間は先日の2次会の打ち上げも兼ねて、お友達たちとバーベキューをしておりました。
こういうアウトドアな事を一切やらない彼は、不慣れさ故に少々お疲れ気味。
「ただ食べて、飲んでってした位なんだけどなー」と云っていたけれど、こういうのって楽しいのに妙に疲れちゃうのよね。

今宵は戀子の自宅から程近いファミレスでダラダラとご飯。
ご飯時からは少し遅い筈だけれど、流石にGW中だけあって、人で溢れておりました。
食事をしながら久し振りに顔を合わせてゆっくりお喋り。
見た目は元気そうな戀子を見て、幾らか安心した様でした。
すまんねぇ、心配ばかりでさぁ・・

この間の2次会の話から今日のバーベキューの話まで、盛り沢山の一路の話を聞きながら、少しトーンが変わって来た彼の話の中身を思う。
やっぱりアレだ。義務教育時代から知る、本当に身近な人が結婚して、その幸せを目の当たりにしちゃった日にゃ、刺激されない訳が無いですよ。
以前だったら、一路の口から結婚に関する話は一切出なかったし、戀子の口から出た友達の結婚や出産に関する話に対しても、かなり過敏に反応しておりました。判り易くいえば、黙っちゃうという・・うむぅ。

それがねぇ~・・その人がねぇ~・・変われば変わるものだなぁ。
とはいえ、具体的に話が進む訳ではないですよ。それはそれだ。
勢いだけで云えば、多分今はかなり乗っかっちゃってオッケイな程の勢いになっている。一路は。戀子の周りの出産話も手伝って、2人の中では『結婚って、良いもんかもなぁ』と思い出している。
こういうタイミングできっと、行く人は行くんだろうな。

久し振りに外へ出たら、それこそただ『食べて飲んで』ってしていただけなのに、グッタリしてしまいました。
帰り道では軽く酔ってしまったり。車の揺れで頭も揺れちゃったか。
病みも上がり切っていないので、昨日は早々に帰宅。
ご飯だけの健全なおデートでしたよ。Hもチューもしてねぇよー。

今日は久々に布団を上げて、ちゃんと着替えて大人しく過ごしていたものの、夕方になってまた具合が悪くなる。何だかなー。

そろそろ動き出さないと、体が動けなくなっちゃいそう。
色んな方向へ動かないとねぇ。色んな方向へ向かう為にもねぇ。
2005.05.03 (Tue) 23:28
観れないビデオと過ぎた時間
今日はhideの命日でした。
98年の5月2日、空へと飛び立っていったhide。

彼が亡くなってから発売されたビデオで、1度観ただけでそれ以降全く観れなかったものがあります。
『hIS iNVINCIBLE dELUGE eVIDENVCE』というタイトルのそれは、彼が亡くなる直前に収録された『ロケットダイブ』という番組にゲスト出演した時の模様の他に、その年の春から放送を開始した『hideのオールナイトニッポンR』のロスでの収録風景、そして5月7日に東京の築地本願寺にて行われた告別式の模様が収められております。

戀子はhideが好きでした。当時は周りに公言しておりませんでしたので(というより、聖飢魔II信者大全開でしたので、他のミュージシャンを語る事々体がほぼ無かったと云っても過言ではない・・)、知る人は殆ど居なかったけれど。
X時代から好きではあったものの、Xの頃(JAPANになる前)はバリバリの信者であったワタクシ。他のミュージシャンのライヴへ行くのなら、その分をミサ資金に回したいと激しく思っておりましたので、Xのライヴへは行けぬまま、Xは解散してしまったのでした。
解散はしたものの、hideだけはとても気になっていて。
Xが解散をした翌年である98年、戀子の『今年はライヴに行っちゃうぞ』リストの上位にhideは入っておりました。

そんな中での急逝でありました。

自分で驚いたのは、彼の訃報が自分の中で想像以上に大きく響いたという事。
好きなミュージシャンの1人ではあったけれど、亡くなってこんなに深く哀しいと思うとは、正直思っておりませんでした。
友達との電話の最中、母が伝えに来たhideの訃報に動揺し、電話を切って改めてニュースを見てすぐに、hideの大ファンである友達に電話をしました。
混乱した頭では当然、慰める言葉など浮かぶ訳も無く。

その後、本願寺でのお通夜へ友達ともぉ1人の友達の3人で行き、手を合わせて参りました。
本当に沢山の人がいたけれど、一様にうな垂れてぼんやりとした瞳をしておりました。乱れる人もなく、ただ静かに時間だけが流れ、促される様にして献花台の前のhideの遺影をみて。
夜の闇に浮かぶ真っ白な薔薇の花を、そっと献花台に置いて帰りました。
7日の告別式へは行けず、家で1人、ワイドショーの中継を見ながら送りました。
霊柩車に吸い込まれるhideの棺と、本願寺から出る霊柩車を見詰めながら、亡くなったという事実を受け入れられぬまま、ただただ涙が零れたのを覚えております。

その後に発売されたこのビデオには、本願寺での告別式の模様が所々収められているのですが、最後にアメリカの海で遺灰を巻くシーンも入っておりました。
当時はそれが余りにショックで、その後、どうしてもこのビデオを見る事が出来ませんでした。
かといって、手放す事も出来ませんでした。

今日はそのビデオを久し振りに見ました。
7年振りで、2回目。

あれから時間が経ち、響き方はかなり違ったものとなりましたが、それでもやっぱり、棺が霊柩車に入り、本願寺を後にするシーンからは、涙なしで見る事は出来ませんでした。
そりゃそうだ。
だって、好きだったんだもの。

hideミュージアムは今年の秋で閉館されるそうです。3年の期限付きだったのがここまで延びての閉館なんだそうで。色々あるのだろうけれど、残念ですな。
00年にオープンして以来、『行きたい』と云いつつも行けないままここまで来てしまいました。
閉館する前に、是非行きたいと思います。

後3年で、hideの年と並んでしまう。
時間は確実に流れているのだなぁ。
2005.05.02 (Mon) 23:29
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